東京高等裁判所 昭和41年(ツ)74号 判決
原判決によれば、原審は、被上告人所有の甲地と上告人所有の乙地との境界は原判決添付図面表示の(ワ)(カ)の各点を直線で結ぶ線であること、したがつて、右図面表示の(ワ)(カ)(ト)(チ)(ワ)の各点を順次直線で結ぶ線で囲まれた範囲の土地(以下、所論係争部分という)は、本来、乙地の一部に属するものであることを確定すると共に、他面、所論係争部分は、明治三七年頃以来、これに隣接する甲地の所有者であつた被上告人先代亡渡辺新五郎が、所有の意思をもつて平穏かつ公然に占有して来たので、その後二〇年を経過した大正一三年頃、取得時効が完成したものであつて、その結果所論係争部分は現に右新五郎の相続人である被上告人の所有に属し、上告人の所有に属しないものである旨認定判示し、よつて、被上告人に対し所論係争部分の明渡および同地上物件の収去を求める上告人の請求部分を排斥していることが明らかである。ところで、本件記録にあらわれた当事者双方の主張によれば、上告人所有の前記乙地は、もと訴外亡渡辺武四郎の所有であつたところ、大正一一年二月二三日訴外渡辺美和がその所有権を取得し、次いで、上告人が昭和三一年八月一〇日これを渡辺美和から買受け、その所有権を取得したというのであつて、右事実は、記録上、原審において当事者間に争のなかつたことが認められる。しかして、前記原審の確定した事実と以上のような乙地の所有権移転の経過とを対照すれば、乙地の一部である所論係争部分については、上告人は、被上告人先代が時効によりその所有権を取得した後、これを従前の所有者であつた渡辺美和から買受け取得した第三者に該当することが明らかである。したがつて、所論係争部分を時効によつて取得した被上告人先代およびその相続人である被上告人は、これについて登記を経由しない限り、右時効による所有権の取得をもつて上告人に対抗し得ないものというべきところ、原判決は、右時効による所有権取得の登記の有無については、なんら判断していないのである。もつとも、登記の有無の主張責任の所在については争の存するところであり、本件記録によれば、原審において上告人は、右登記の欠缺の事実を明確には主張しなかつたもののようであるが、しかし右主張責任の所在の問題につき如何なる説を採るにせよ、原審において上告人は、所論係争部分を含む乙地を上告人が昭和三一年八月一〇日渡辺美和から買受け取得した事実を主張していることは上記のとおりであるし、かつ原審において上告人は、上告人が昭和三一年八月一〇日右乙地について所有権取得登記を経由した旨記載のある甲第一五号証(乙地の登記簿謄本)を提出していることが記録上明白である。しかして同一物件について二重の登記の存することは通常あり得ないことであるから、上告人が原審で提出した前記甲第一五号証は、乙地について上告人が所有権取得の登記を経由した事実を立証する資料となると共に、半面において、乙地の一部たる所論係争部分について被上告人側の登記が欠缺している事実を立証する資料となることはもちろんであり、結局、前記のような原審における上告人の主張立証の態度から見れば、原審において上告人は、所論係争部分については、上告人がその後所有権取得登記を経由していること、したがつて所論係争部分について被上告人側の時効取得による登記のなされていないことを、少くとも暗黙に主張する趣旨であつたものと解すべき余地がないではない。したがつて原審としては、この点に関し釈明権を行使し、上告人の主張の趣旨を明確ならしめた上、審理判断をなすべき筋合であるところ、原審は、かかる措置を採ることなく、たやすく被上告人の時効の抗弁を認容しているのであつて、原判決には釈明権不行使の結果審理不尽の違法があるものというの外ない。この点に関する上告人の主張は、結局理由があり、原判決中、所論係争部分の明渡および右土地上の物件の収去を求める上告人の請求を排斥した部分は破毀を免れない
(村松 土井 兼築)